このままでは旬の野菜のバリエーションが減ってしまう
四季に寄り添ったレシピに定評がある料理研究家の植松良枝さん。数々の料理雑誌や著書、自らのSNSなどで旬の食材の食べ方を発信している。
植松さんは、家庭で食卓にのぼる野菜のバリエーションが減っているのではないかと指摘する。
「一般的な多くのスーパーでは、ブロッコリーやキャベツなどの限られた種類の野菜が売り場の中心に並びます。旬の時季にしか出回らないようなフキや筍などの食材も目にしますが、若い世代の方が手にとっている姿を見かけることはほぼありません」
また、今は旬の野菜の食べ方を上の世代から教えられる機会が減り、食べ方がわからなかったり、下ごしらえの手間が必要な食材を敬遠する人が増えていると感じるという。
「食べる人が少ないと、農家さんも『あまり売れない野菜よりも売れ筋の野菜を作ろう』と考えます。そのためますます売り場から野菜の種類が減り、旬が感じられる野菜が手に入りにくくなる悪循環が既に始まっているのではないでしょうか」
だからこそ、四季に寄り添った食べ方を受け継いでいかなければならないと植松さんは考える。
「日本の旬はとても細分化されていて、上旬、中旬、下旬と10日単位で変化します。それを感じられたら『今これを食べておかなきゃ』と心地よい忙しさを感じながら食をもっと楽しむことができるはず。今どんなものが旬なのかを、多くの人がよく知らないでいるのは、本当にもったいないことだと思います」
旬のレシピを発信するために、植松さんは雑誌や書籍だけではなくInstagramなどのSNSを活用している。
「雑誌は多くの人の手で作られる媒体なので、素晴らしいものができる反面、どうしても発行までタイムラグが生じてしまいます。しかしSNSなら今日作ってほしい旬のレシピをリアルタイムで伝えることができます。見てくれた方の反応がすぐにいただけるのも新鮮でうれしいですね」
自分で野菜を作ることで、旬の楽しみ方の幅を広げる
植松さんは自ら菜園で野菜を栽培しており、「自分で野菜を育てることで、より旬のことを理解できた」と話す。
「祖母が何十年も前から自分たちが食べる分だけの野菜を作っていたので、野菜作りの環境が整っていたんです。私は青野菜が好きだったのと、料理研究家になってから料理の試作をするために、たくさんの野菜が必要だったことが、菜園を始めたきっかけでした」
植松さんは野菜作りを始めたことで「同じ水菜でも出始めの頃と盛りの頃、花が咲く頃で食べ方が変わる」と知ったのだそう。
「最初の頃はお店で売られている状態の野菜を目指して作っていました。でも段々とお店では買えない、その前後の状態で収穫して食べ方を考えることが楽しくなっていったんです」
小松菜や水菜などの青菜は、蕾を付けると「薹(とう)が立つ」と言い、筋っぽくえぐみが強くなる。そうなると、一般的には商品価値がなくなるため市場に出回ることはほとんどない。
「だから自分で作らないとその状態の野菜に出会えません。薹立ちした野菜はほろ苦いおいしさがあるので焼いて食べたり、花が咲いたらそれをむしって、ちらし寿司に散らしたりしていただいています」
しかし多くの人にとって、旬を知るために畑を作って野菜作りをすることは簡単ではない。植松さんは「ベランダ菜園で、プチトマトやブルーベリーを育てることから始めてみては」と提案する。
「やはり、実がなると野菜を育てるうれしさが感じられると思います。冬なら小松菜やチンゲンサイも育てやすいと思います」
野菜の栽培が難しい場合は、農園から定期的に野菜を送ってもらう定期便サービスも旬の野菜を食べるためのいい手段だ。
「野菜の定期便は、まさに今が“旬”の野菜たちを届けてもらうことができ、季節の移ろい、変わりゆく旬を実感できます。私もひとつ定期便を頼んでいるのですが、人参が葉付きで送られてくることもあるので、葉っぱの食べ方を考えるきっかけにもなります。サービスによっては運営者に食べ方を教えてもらうこともできます」
自分で買い物に行くと決まった野菜ばかり選んでしまいがちだが、定期便で送られてくる旬の野菜をどう料理するか、考える楽しみがあると言う。
「野菜の直売所もおすすめです。作り手とお話しすることができるし、スーパーマーケットには売っていない新しい食材との出会いがあります。毎日の料理にワクワクする気持ちが生まれるのではないでしょうか」
旬と暦を知って、健康で豊かな生活を営む
植松さんが日本の暦や旬を本格的に学び始めたのは10年程前。それ以前は、いろいろな国の料理を勉強したいという気持ちが強かったという。
「料理研究家になったきっかけのひとつが、タイ料理との出会いだったんです。こんなにおいしい料理があるんだと衝撃を受けて、年に何度も海外旅行をしていました。しかしあるとき、普段自分が日本の食材と料理をきちんと食べているからこそ、世界の料理にも興味が湧いているのだと気づいたのです」
それまでは海外に目を向けてきたが、「料理研究家として和食を教えていくためにも日本の暦のことをもっと知りたい」と考えた植松さんは、日本の暦に詳しい冨田貴史さんに出会う。
「冨田さんにお話を聞く中で、日本の土用は年4回あることを初めて知りました。私は旬の食材選びには自信があったのですが、暦を学ぶことでその知識の裏付けを得ることができました」
旬の食材を食べることはおいしいだけでなく、体調を整えるためにも大切なことだという。
「例えば9月頃からツルムラサキやレンコン、キノコなどぬめりのある食材が旬になります。それは食べることで粘膜を労り乾燥を防ぐことができるからなんです。気管支を労わるべき季節には、レンコンやねぎなどの気管支に近い形の食材を食べるとよいとされています」
日本人は、現在のようにデータの蓄積や分析が簡単にできない時代から、いつどんな食べ方をすればいいのか観察しながら知恵を受け継いできた。それを後世に引き継いでいくために、植松さんは子どもたちにも旬の食材を食べるワークショップなどでその大切さを体感してもらいたいと話す。
「この時期が来たらこれを作ろうと手軽に行動に移せるような、できるだけシンプルなレシピに落とし込んでお伝えしていきたいと思います」
旬のおいしさを感じるためには、複雑なレシピはいらないと植松さんは言う。
「例えばアスパラガスなどは、他の食材と合わせて炒めたりするよりもシンプルに茹でて食べたほうが満足感が高いと思います。そうやって旬にしか出会えないおいしさを食べ切り、次の季節を迎える節目が土用なんです」
旬の食べ方や、暦の節目を知ることで、より能動的に四季や食を楽しむことができる。
「今は入手しようと思えば色々な食材を手に入れることができます。旬を知っていれば、こんなに食を楽しめる時代はありません。四季を楽しむことで感性が磨かれ、より心豊かな生活を送ることができると思います」
植松 良枝
神奈川県出身。大学卒業後、料理雑誌のアシスタント、レストランやカフェ勤務、料理家アシスタントなどの経験を積む。2003年に独立し「アトリエmamagoto」を主宰。雑誌やテレビへのレシピ提案、レストランや企業へのレシピ提供を行いながら、料理教室やライフワークの野菜作りにまつわるイベントなどを企画。四季折々の行事や旬の食材を活かした料理に定評がある。『春夏秋冬ふだんのもてなし 季節料理のヒントとレシピ』(KADOKAWA)、『ヨヨナムのベトナム料理』(文化出版局)など著書多数。日本の暦を紹介する著書に『春夏秋冬 土用で暮らす。五季でめぐる日本の暦』(冨田 貴史・植松 良枝 著/主婦と生活社)がある。
取材日/2021年9月