先入観なく食と向き合う「暗闇ごはん」
東京・浅草の街中に佇む湯島山緑泉寺では、住職である青江覚峰さんが食に着目した独自の取り組みを行なっている。
「暗闇ごはん」は、明かりを落としたお寺の一室に参加者が集まり、アイマスクを装着して食事をする。海外で実施されている「ブラインドレストラン」をモデルにした食のワークショップだ。
「見えないと、人は匂いや味を頼りに一生懸命食事をします。私たちは普段、目で見て『こんな味だろう』と見当をつけ、確認作業のように食事をしています。しかし、人類の歴史上『これは食べられるのか?』と探りながら食べていた時期があるはずです。あえて暗闇で食べることで、根源的な食に対する姿勢を呼び覚まし、真摯に向き合うことができます」
また、視覚を使わず食事をすることで、先入観なく食と向き合うことができるという。
「先日は茄子のヘタをお出ししました。参加者の方はじっくりと味わいながら『繊維質だな』『この香りはなんだろう』と、味や香り、食感をご自身の感性と向き合わせます」
明るい場所で提供すれば、茄子のヘタは食べるところではないという考えが先に立ち、食べようとは思わないかもしれない。
「『意外においしいね』と感想を持っていただければ、今までゴミだったものが、宝物に見えるかもしれません。ものの見え方が変われば、その方の人生がより豊かになる可能性が広がります」
さらに、捨てられている食材について考えることでフードロスや、SDGsなどの社会的な課題に思い至るかもしれないと青江さんは考える。
「日常の中で社会問題を考えることは難しいかもしれません。しかし、ムダなく食べることが社会的な課題の解決につながっていく。そんな風に気づいていただけるきっかけを提供していきたいと思っています」
己に問いかけながら「食べる」ということに向き合う「お寺ごはんオンライン」
新型コロナウイルスの影響もあり、青江さんはオンラインでの活動にも力を入れている。「お寺ごはんオンライン」は、青江さんの問いにあわせてゆっくりと考えながらものを食べる取り組みだ。
「普段ふた口ほどで食べてしまうものを20分ほどかけて食べてもらうことで、食べることってなんだろう、自分達は何をもって毎日食べているのだろうかと、改めて意識を向けていただきたい」と青江さんは話す。
「食前の『いただきます』という言葉がありますが、お寺では古くから『四分律行事鈔(しぶんりつぎょうじしょう)』というお経が唱えられていました」
四分律行事鈔には5つの問いが書かれている。ひとつ目は「目の前の食べ物がどこから来たのかを考える」というもの。ふたつ目は「自分は食べ物を食べる資格があるのかを考える」など、自分に問いかけていく。
試しにひとつ目を考えてみると、食材が生産された土地や生産者だけでなく、輸送の必要性に気づく。それには、トラックの運転手、道路、電気やガソリンも必要だ。また、ひとつの食品が出来上がるまでには、長い年月の間に知恵や工夫があったはずだ。
「ひとつのお饅頭であったとしても、その背景には壮大なストーリーがあることに気づきます。そこで初めて様々な人に感謝を込めて『いただきます』と言うことができ、言葉本来の意味になるのです」
食事をする時には、想像を巡らせながら時間を掛けて食べることが大切だ。
「5つの問いには正解はありません。その方の生き方や、時期によっても変わっていくものです。自問自答をしていただくことで、少し背筋が伸びたり、周りの人に優しくなっていただければいいなと思っています」
今こそ「ケの日」の食に向き合う工夫を
青江さんが「料理僧」として食にまつわる活動を始めた背景には、自身の食との向き合い方に疑問を感じた経験があるという。
「アメリカの大学院に通っていた頃、多忙のあまり机の引き出しに入れておいたシリアルを食事代わりにしていました。日本に戻ってからも、周囲に置いていかれる焦りを感じながら、30代前半まで年中休みなく働いていました」
30代後半となった青江さんは「一度立ち止まって生き方を考える時間を作らなければならない」と思い、「食」に注目するようになった。
「人が生きるために1番目にするのが呼吸なら、2番目にするのが食べることです。坐禅では呼吸を整えますが、その次に大切な食についてしっかりと考えたいと思いました」
特に今の私たちにとって、食を見直すことは非常に重要だと青江さんは話す。
「コロナ禍以前は、私達にとって外食をするのは当たり前のことでした。言い換えると、食生活においては毎日が『ハレの日』だった世代なのです」
しかし、新型コロナウイルスが蔓延し、外食が難しくなり自宅での食事が推奨されるようになった。
「『ハレの日』の食が外食やパーティを指すなら、『ケの日』は普段の最小のコミュニティ、つまりは家族などでの食事を意味します。これからは、『ケの日』にどんな料理をして、家族でどうやって食べると幸せになれるのか。その工夫が大切なのではないでしょうか」
コロナ禍で不自由さを感じている人は多いかもしれない。しかし立ち止まることは、食事を含め生き方を見つめ直す機会を作ることにもなる。
「歩むという字は、少し止まると書きます。少し立ち止まって考えることで、間違いに気づいたり、調整が必要なのだと分かったりして、人はまた歩み続けることができるのではないでしょうか」
精進料理は世界の人々をつなぐことができる
青江さんは国内だけでなく、海外にも精進料理や食と向き合う大切さを伝えていきたいという。
「精進料理には、『三心(大心、老心、喜心)』という料理を作る時の心持ちや、『六味を整える』という料理の味を整えるための教えがあります。オンラインでの講話や海外のシェフと協力しながら、世界に広めていきたいと思います」
そんな青江さんは、「精進料理は海外の人にも受け入れられる」と自信を持っている。
「精進料理は、肉や魚、一部のクセの強い野菜(ニンニクなど)を使いません。そのため、どんな食文化や宗教的背景を持つ方にも食べていただきやすいのです。世界中から集まった人が、同じテーブルについて同じ釜の飯を食べることが可能になります」
また、海外の食材に置き換えて作ることも容易なのだという。
「例えば、イタリアのシェフならトマトとドライポルチーニで出汁を取り、スープパスタを作ります。これは完全なイタリア料理であると同時に、精進料理であると言えます」
限られた食材のみで作ることができる精進料理は、フードロスが少ないのも特徴だ。
「最小限の食材でおいしく食べられる精進料理は、最大多数の食のしあわせにつながっていくのではないでしょうか。それがサステナブルにもつながっていくと思います」
青江 覚峰
1977年東京生まれ。浄土真宗東本願寺派湯島山緑泉寺住職。米国カリフォルニア州立大学にてMBA取得。料理僧として料理、食育に取り組む。超宗派の僧侶によるウェブサイト「彼岸寺」創設メンバー。著書に『お寺ごはん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ほとけごはん』(中公新書ラクレ)、『お寺のおいしい精進ごはん』(宝島社)など。
取材日/2021年4月