健康をパワーアップする食事がある
スーパースター、マドンナのパーソナル・シェフを通算10年間も務めた西邨さん。長年提唱してきた食事法、マクロビオティックがその縁をつないだのだが、西邨さんが食を強く意識し始めたのは70年代後半にまでさかのぼる。
「実家を離れて食生活が変化したのとアレルギーの悪化など身体の不調を感じていたときに、マクロビオティックの提唱者、桜沢如一先生の本を読んだんです。そのなかの『健康を整えるのは食事である、そのことに周りの人が気づけば自分のいるコミュニティに健康な人が増える、そうして世界が健康になれば平和につながる』という言葉に感銘を受けました」
さっそく、紹介されていた食事法を試した。
「圧力鍋を買って玄米菜食を中心とした生活を10日間続けたら、便秘も肩こりも解消。朝起きるのもとても楽になりました」
1982年に単身渡米し、マクロビオティックの世界的権威である久司道夫氏に師事。クシ・インスティテュート・ベケット校の設立に参加し、同校の料理講師を務めるに至った。末期ガン患者の食事作りを経験したのはこの頃のことだ。
「重篤な患者を食事で支えようという試みは、食の可能性を探るという点ではすべてが学びでした。けれど、健康な人がなんとなく具合が悪いという時点で食事を変えれば、効果が表れるのがより早いのです。そのことを広めたいと思うようになりました。たとえば熱が出ると、解熱のために薬を飲むという方が多いと思いますが、薬を飲むのは対症療法にすぎません。マクロビオティックの健康法では発熱の原因となる日頃の体調不良の原因を東洋医学の理論や診断方法を踏まえて判断することから始めます。それに沿って、飲みものや生姜湿布などのお手当てを施してから、さらに普段の食事を調整し、体質を改善してより健康に生きることを目指します」
健康な人にもっと健康になってもらうために、この考え方に賛同して実際に食べることで強いメッセージ性と多くの人への影響力を持つ人の食事を作ってみたい。そう願うようになった頃、マドンナと出会ったのだ。
おいしいの前にロジカルである理由
アメリカを拠点に世界でマクロビオティックの普及に務める西邨さん。
「マクロビオティックは、玄米を主食に、旬のものを調理したおかずや味噌汁を添える玄米菜食。日本の伝統食がその基本にありますから、私たち日本人なら健康的だと理解しやすい食べ方です。が、西洋で伝えるためにはよりロジカルに伝える必要があります。アメリカでは、玄米やお豆腐を食べてもおいしいと感じられない場合があるのですから。考えることが大切です」
アメリカでは、栄養学とはジャンルを異にした「食べ方」の研究とその指導を行うヘルスコーチという資格が確立しつつあるという。医師の診断と合わせた包括的な指導の一部としても注目されるのが「食べ方」である。
「食べ方には相当数の種類があります。グルテンフリーや糖質制限なども一つですが、それはアレルギーや糖尿病に対しての対症療法です。コーチングもなしに、症状を考慮せずに食べ続けていいのか、と考えることが必要なのです。マクロビオティックは、一生食べ続けられる食事とは何かを考えたもの。一生といっても様々なステージがあることも考慮しています。青年から壮年期は肉や魚で動物性のたんぱく質を取っていたものが年を重ね、段々それが減ってくるというように」
そして「食べ続けられる」という点にフォーカスすると、こんなロジックもよく授業で話すそうだ。
「菜食を主とする意義は、動物を食べ続けられるかという視点からも考えなくてはいけません。動物は植物がなくては生きていけません。植物を食べて生きています。私たちが動物を食べるとき、動物を媒体として植物のエネルギーをもらっているということになります。けれど動物が育つためには、人が菜食をする以上の膨大な穀物を消費します。だから、動物ばかりを食べていたら食物が足りなくなるともいわれています。人口は増え続け、食糧危機も課題とされる今、家畜用飼料を栽培するために樹を切り倒していることで、地球上の酸素がなくなりつつあるという環境破壊への負荷も考えるべきです」
食べ方が科学になる
伝統な食べ方とその健康への有用性が科学的に解明されつつあることも、「食べ方」を「ロジカル」にとらえることを後押ししてくれる。
「たとえば豆や玄米は、そのまま食べると消化されにくいようなたんぱく質を持っているのですが、海藻と合わせたり、発酵させてから摂取することで消化できるようになると発表したドクターがいます。大豆を昆布やひじきと煮たり、みそやしょうゆとして利用するという日本古来の食ベ方がなぜ身体によいのかが、後追いで次々にエビデンス(証拠)に裏付けされてきています」
白米でなく玄米として丸ごと食べることが、食物繊維とミネラルの充分な摂取となって腸内環境を整えることなどは、今では一般常識の域に達している。
「腸内環境を整えるのがよいということは、細菌叢(さいきんそう)の視点からもいわれています。いい細菌だけにすることが健康ではなくて、いい細菌と悪い細菌のバランスがくずれたときに具合が悪くなるのです。この細菌叢の環境は、身体の外側と内側が同じことが大事だともいわれています」
「これは “身土不二”に通じます。身は身体、土は環境、不二は切り離せない、ということを指す言葉。その環境になじみ、旬の地のものや伝統食を食べることが健康である、と証明されたということ。素晴らしいことです。勉強しなくてはいけないことが次々現れて大変ですが、120歳くらいまで生きたら楽しいだろうな」と西邨さんは、ほがらかに笑う。
「だから、地球上の自然のバランスをよくしておかないと健康は保てないのです」
形から入る食べ方もあっていい
マイクロビオティックを理論的に展開することを信条とした久司氏も、地球と自身の健康についてのリンクは当然のこととしたうえで「食べ方」に言及していった。西邨さんは、それが当然ではない海外の人たちに説明しなくてはいけないことでむしろ様々な気づきがあった。
「日本人も必ずしも意識はしていないかもしれません。でも、『いただきます』から食事を始めるのは、いのちをいただく……目に見えない力を感じていることだと思うのです。自然への理解と感謝は、無意識ともいえるほど日本人に根付いていると思うのです」
料理の盛付けも西洋の古典の平らな形が多いのに比べて、日本は立体的なものが多いことも例にあげる。
「これは山あり海あり、四季の変化ありといった日本の自然を形にしているといわれています」
自然と共にあるべき人の暮らしを、いちいち考えずとも「形」にしている日本人。その尊さを意識して、西邨さんは自身の提唱する「食べ方」の普及に生かしている。
「週一でもいいから肉や魚をやめてみるとか、伝統的な日本人らしい食べ方を見直してみるとか、まずは形だけまねするごとく、ヨーグルトとコーヒーとパンの朝食から玄米を主食にした和食に変えてみることから始めてもいいのではないでしょうか。私が学んできた厳格なマクロビオティックを基本としながら、門戸を広げるための食べ方を“プチマクロ”と呼んでいます。おもしろそうから入ってもいい。0か100ではなく、すべてには始まりの“1”があります。考えることは大切。でも思想も知識もなしでまずやってみて、やがて身体でも心でも腑に落ちる、そんな入口となる食べ方を提案していきます」
西邨 マユミ
愛知県生まれ。1982年に渡米し、久司道夫氏に師事。マサチューセッツ州のクシ・インスティテュート・ベケット校の設立に参加。現在は、国内外でマクロビオティック・ヘルス・コーチとして、アメリカではパーソナル・シェフとしても活動中。
取材日/2018年11月