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村野明子/新横浜「Sunday Monday Kitchen」オーナーシェフ

寮母だから辿り着いた、家庭に活かせるアスリート食

村野明子 / 新横浜「Sunday Monday Kitchen」オーナーシェフ

寮母として選手達に食事を提供する中で実感したのは、家庭料理はアスリート食として活用できるということ。毎日の食事の栄養バランスを意識していくことで、体はいい方向へ変化していきます。

アスリートの食に関わり試行錯誤する日々

村野明子 / 新横浜「Sunday Monday Kitchen」オーナーシェフ

スポーツ料理研究家であり、給食会社「株式会社SundayMonday」代表として、アスリートの食のサポートをしている村野明子さん。2022年4月にオープンした日産スタジアム内のレストラン「Sunday Monday Kitchen」のオーナーシェフでもある。

村野さんは2019年まで約15年以上、寮母としてプロサッカー選手達に毎日の食事を提供してきた。

「きっかけは、夫がコンサドーレ札幌の総務部長に就任したことでした。当時はスポーツ栄養が今ほど浸透していなかったこともあり、選手達は適当に食事を済ませてしまうことも多かったそうなんです。夫は『もっと栄養バランスの取れた食事を摂って、強くなってほしい』と考え、私に選手達の食事作りを依頼してくれました」

村野さんは若手選手達のために自宅で食事の提供を始めた。その3年後にはチームの独身寮ができ、寮母になることになった。

「もともとは化粧品会社で働いていたので、飲食業の経験は全くありませんでした」という村野さんは、スポーツ栄養の本を読んで勉強しながら、手探りで料理の提供をしていた。そして1年目の終わり頃に転機が訪れる。

「毎年、11月頃になると次年度の契約が決まるのですが、あるとき選手が『来年契約がない』と戦力外通告されたことを報告にきました。その時、『食事を提供することは選手生命に関わることなのだ』と痛感して、改めて襟を正したんです」

「もっとサポートできるようになりたい」と考えた村野さんは、選手達と積極的にコミュニケーションを取り、要望や食の好みを把握するよう努めた。

チームの管理栄養士と情報共有し、選手の怪我の原因や体脂肪率に合わせて食事内容を検討することもあった。

「寮で毎日食事をするようになってから、体脂肪が減って筋肉量が増えたと報告してくれる選手もいました。日本代表に選ばれた選手は体脂肪率を10%未満に抑えなければならないので、筋肉量を落とさず体脂肪を落とせる食事を出すようにしていました」

選手の身体作りには、家庭料理が活用できる

村野明子 / 新横浜「Sunday Monday Kitchen」オーナーシェフ

選手のパフォーマンスを向上させる食事を試行錯誤し、村野さんが辿り着いたのは、家庭料理はアスリート食に十分活かせるということだった。

「スポーツ栄養の本をたくさん読んだり、選手達の食事と体の変化を見てきた中で『家庭料理でもいいんだ』と確信したんです。5色の栄養をバランス良く摂ることを意識して、脂質の高い揚げ物をなるべく避けることで栄養バランスは自然に整うと思います」

村野さんは、5色の栄養の中でも、白、黒を特に意識的に取り入れていたという。

海藻類などの黒い食材を足すだけで栄養価がグッと高くなります。ヨーグルトなどの乳製品を食べる習慣があれば白い食材は足さなくても大丈夫ですが、そうでなければ例えばシラスを常備してサラダなどに足すとバランスが良くなります」

また、食事をワンプレートに盛り付けることで、見た目の彩りで5色のバランスが取れているか判断していたという。

ワンプレートにすることで、選手達が食事の全体量を把握しやすくなり食べ残しを防止する効果もあった。

しかし、毎日栄養バランスの取れた献立を考えることは難しくなかったのだろうか。その秘訣について、村野さんはこう話す。

料理名から献立を考えると、足りない食材を買わなければならなかったり、主菜と副菜の味付けが重なったりして行き詰まりやすくなってしまいます。そのため、私は食材からその日のメニューを考えるようにしていました」

普段からできるだけ豊富な種類の旬の野菜を購入するようにしておき、その日使える食材を見ながら、料理名ではなく「炒める野菜」、「煮物にする野菜」などに分けてメニューを考えていったという。

「『ほうれん草のお浸し』という料理名にこだわらず、人参やブロッコリーを加えると栄養価が高くなります。また、『肉じゃが』の味付けを塩味に変えてみると、副菜のお浸しの醬油味と重ならずに済んだりします。料理名に縛られないことで、献立の自由度が広がるんです」

また、調理場にある食材からメニューを考えることによってフードロスがほとんどなくなった。

「それでも余ってしまった食材や、作り過ぎた炒め物は、スープにして出すようにしていました」

栄養バランスを良くするためのちょっとした工夫をすることで、家庭料理はアスリート食として十分通用すると村野さんは話す。

「1日、2日では変わりませんが、毎日食べる家庭料理で栄養バランスを意識し続けていれば、体は必ず変化していきます

選手との信頼関係を築いた、食を通したコミュニケーション

村野明子 / 新横浜「Sunday Monday Kitchen」オーナーシェフ

寮母として村野さんが心がけていたのは、選手をよく観察しながら食を中心としたコミュニケーションを図ることだった。

「顔色をよく見るようにしていました。唇の色が白っぽかったら『お腹空いているの?』と聞いたり、具合が悪そうだったら『何か食べやすいものを作ろうか?』と提案したり。そんなコミュニケーションの積み重ねが選手達との信頼関係になっていったと思います」

体が資本のスポーツ選手は食べることも仕事のひとつだ。しかし試合後は興奮と疲労のため食欲が落ちることが多い。

「そんなときは、少しでも食欲が湧くようにガーリックや醤油の甘辛い香りを立たせたり、咀嚼しやすいカレーを出していました」

また、スポーツ栄養を食事に取り入れるためには特別なものを食べる必要はなく、「食べるタイミングが大切」だと考えている。

筋肉を使ったあとはお肉や炭水化物を摂って疲労回復する必要があるので、できるだけたくさんお肉を食べられる献立にしていました。試合前はエネルギーになりやすく脂質の少ないうどんを出すなど、どんな料理をいつ食べるのかが重要だと思います」

さらに、食事に対してストイックになり過ぎず、「高タンパク低カロリー」と「食べる楽しみ」を両立させる工夫をしてきた。

「いつもあっさりしたメニューではつまらないので、ハンバーグに鶏のひき肉や豆腐を混ぜて脂質を抑え、動物性、植物性のタンパク質を摂れるようにしました。カレーはルーに脂質が多いので、小麦粉やマッシュポテトでとろみを付けて脂質を半分の量に抑えました」

寮母の仕事の素晴らしさを伝え、次世代へ夢を繋げたい

村野明子 / 新横浜「Sunday Monday Kitchen」オーナーシェフ

寮母の仕事について、村野さんは「最高に面白い仕事だった」と笑顔で振り返る。

「自分の作った料理で、選手の体が変化していく様子を間近で見ることができるのは、他ではできない経験です。選手の成長を毎日の食事でサポートできる、すごい仕事だと思います」

元寮生の選手達は、村野さんが寮母を辞めてからも10年越しに会いに来たり、現役選手が「Sunday Monday Kitchen」を訪れて手伝いを買って出ることもある。

選手達と長年に渡る信頼関係を築くことができた理由について、「料理を通して『あなたを気にかけているよ』と伝えられたことが大きいのではないか」と村野さんは話す。

その点では、親心に通じるものがあるのかもしれません。それ以外のところでは、選手に対して距離を詰め過ぎず、お互いに尊重し合える距離感を保つことが重要だったと思います。それを維持することが寮母を続けられる秘訣なのかもしれません」

村野さんは2022年、一般向けのレストランのオーナーシェフとして新たなスタートを切った。

「全く知らない世界に飛び込んだことで、18年前に寮母の仕事を始めたときと同じくらい不安で大変な思いをしました。でも寮母の仕事がすごく面白くなっていったのと同じように、ここから先、また新しい出来事や人とのつながりができるんじゃないかとワクワクしています

今後は「人生を彩らせてくれた寮母という仕事の素晴らしさを、次の世代の人に伝えたい」と展望を語った。

「そのために会社を設立したんです。今はスポーツ栄養学部を卒業したスタッフと一緒に仕事をしています。その子達が『寮母って面白い』『いろいろな選手と出会って、素晴らしい経験ができた』と感じてもらえるよう、寮母という仕事につなげるサポートをしていきたいと思っています」

村野明子 / 新横浜「Sunday Monday Kitchen」オーナーシェフ

村野むらの 明子あきこ

1967年東京生まれ。スポーツ料理研究家。高校卒業後、化粧品会社に就職。出産を機に専業主婦となる。2003年からコンサドーレ札幌の若手選手を自宅に招き食事の提供を始める。2005年に同チームの独身寮が開設され寮母となる。 2009年からはJリーグ、ヴィッセル神戸育成センター「三木谷ハウス」での寮母として選手たちの健康面をサポート。 2019年に夫の任期満了を持って寮母を退職。同年、給食会社「株式会社SundayMonday」を設立。アスリートの個々のニーズに応じた食のサポートを提供している。2022年4月に日産スタジアム内のレストラン「Sunday Monday Kitchen」をオープンし、オーナーシェフを務める。著書に『Jリーグの技あり寮ごはん』(メディアファクトリー)などがある。

取材日/2022年9月

ZENB initiative

「おいしい」で、国境を越え世界中に笑顔を届けたい

塩山舞 / 楽膳家

「おいしい」のために追求されたヴィーガンパンの世界

神林慎吾 / ベーカリー シェフ

寮母だから辿り着いた、家庭に活かせるアスリート食

村野明子 / 寮母

人の縁がつなぐ「地産地消」から生まれるいい循環

松井則昌 / 焼肉店 シェフ

日本と中国の伝統の調和が、新しい文化につながる

川田智也 / 中国料理 シェフ

四季に寄り添い旬を知ると、生活はもっと豊かになる

植松良枝 / 料理研究家

日本の魚を守るために、シェフにしかできないこと

佐々木ひろこ / Chefs for the Blue

おいしく食べるための教養や工夫で、食はもっと楽しくなる

マッキー牧元 / タベアルキスト

ジビエをきっかけに、おいしいの先まで知ってほしい

室田拓人 / フランス料理 シェフ

食と自分に向き合う精進料理の心を世界に伝えたい

青江覚峰 / 住職

洗練されたおいしさは、生産者のやさしさで成り立つ

松本進也 / 日本料理 料理長

食のストーリーへの共感から、エシカル消費は始まる

狐野扶実子 / 食プロデューサー

野菜の可能性を見直すことで、未来の食はさらに豊かになる

米澤文雄 / アメリカ料理 シェフ

食事のとり方ひとつで、心も体も健康になる

満倉靖恵 / 大学教授

人間のクリエイティビティで、サステナブルの先へ

君島佐和子 / 編集主幹

土地のものを活かし、土地のものを残す。それが役割

桑木野恵子 / 日本料理 料理長

包丁の切れ味ひとつで、おいしさはもっと引き出せる

藤原将志 / 包丁研ぎ師

食の大切さ、生産者の想いを、おいしさと共に伝えたい

川副藍 / フランス料理 シェフ

 自給自足中心で より満足のいく味を目指す

笹森通彰 / イタリア料理 シェフ

素材をそのままいただくシンプルな食事が健康へ導く

西﨑泰弘 / 病院長

おいしい日本の食は作る人と食べる人が一緒に作る

高橋義弘 / 日本料理 料理人

大きな生態系につながる一員として考え、料理をする

ジュリアン・デュマ / フランス料理 シェフ

その土地にずっと残っている料理が、本物のおいしさを持つ

小林清一 / イタリア料理 シェフ

新しい当たり前を作ることが未来の食文化を育む

沖大幹 / 水文学者・大学教授

食材選びは、シェフの責任で行う社会貢献活動

パスカル・バルボ / フランス料理 シェフ

本物の味わいを生かせば、未来のおいしさは豊かになる

垣本晃宏 / パティシエ

イタリア料理の精神アンティスプレーコを世界に広める

マッシモ・ボットゥーラ / イタリア料理 シェフ

“健康的な美食”は体と地球を守り、人生を楽しくする

ハインツ・ベック / ガストロノミーイタリアン シェフ

「古代の生活」にこそ、現代人が健康に生きるヒントはある

小林弘幸 / 大学教授

食の未来は、子どものリテラシーを上げれば変わる

小山薫堂 / 放送作家・脚本家

和食のルールに立ち返ることで健康を取り戻す

小西史子 / 大学教授

「感覚」を取り戻せば社会への視点が変わる

佐藤卓 / グラフィックデザイナー

世界に誇る日本の水産資源を守るために進むべき道がある

岸田周三 / フランス料理 シェフ

日本の魚と海の危機を伝える旗振り役として立ち上がる

石井真介 / フランス料理 シェフ

世の中の空気が変われば、解決できる食の問題がある

安中千絵 / 管理栄養士・フードディレクター

日本人に必要なのは、エネルギーとシンプルさを持つ食

大原千鶴 / 料理研究家

食の大切さを、自然に寄り添う意識を高めることで見直す

村山太一 / イタリア料理 シェフ

環境にいい「食べ方」は心身を満たす

西邨マユミ / マクロビオティック・ヘルス・コーチ

食の好循環が、豊かな世界を導く

佐藤祐造 / 医学博士

「おいしく使いきる精神」で100年先の食文化へつなぐ

髙良康之 / フランス料理 シェフ

ジュゼッペ・モラーロ

新しいおいしさ、安全なおいしさの探求

ジュゼッペ・モラーロ / イタリア料理 シェフ

秋山能久(あきやまよしひさ)

食のサステナビリティは未来を変える

秋山能久 / 日本料理 料理長

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