おいしさの追求とサステナビリティの両立
食の最前線を独自の視点で読者に提示している雑誌『料理通信』。その編集主幹である君島佐和子さんは、「おいしさ」を語る上で、まずはこう前置きする。
「現代は食の価値基準が多様化しており、何を良しとするかは一義的には語れないんです」
その上で、日本では食の価値が「おいしさ」に偏りがちなのではないかと言う。
「例えば、日本酒の世界では伝統的に味の洗練が求められてきました。日本人にとって、洗練とは雑味を削ぎ落とすという意味合いが強いんです。それを突き詰めると、精米具合がとても高くなってしまいます。ただ、フードロスが問題になる昨今、必要以上に米を削ることには抵抗があります」
他の例として、牛肉にも同じことがいえると言う。
「『おいしい牛肉はA5ランク』という世の認識は間違っているわけではないですが、おいしい牛肉はそれだけではないですよね」
一例として、君島さんは経産牛を挙げる。
「経産牛とは、お産を経験した牛のことです。これまで日本において、経産牛は、食肉としては評価されていませんでした。しかし、昔から『経産牛はおいしい』と言う生産者はいたと聞きます。
なぜなら、健康な仔牛を産むために、肉用牛よりも牛の実際の生態に合った生活をしているからなんですね。最近、そのことが注目され始め、経産牛を肥育し直してから出荷するという動きが出てきました」
本来は多様なはずの価値基準を無視して、わかりやすい「おいしさ」に価値を集約させてしまうことは、食のあり方としてふさわしくないと話す。
「『どれが一番良い』と簡単に言えることではなくて、肉であればA5牛肉などそれぞれに信じて追い求めている良さがあるし、価値があるんです。価値観の軸が違うから、一言に『これが一番良い、これが一番のおいしさだ』とは言えません。もちろん『サステナブルなんだから良い』と、ひとまとめにできることでもないのではないかと思います」
サステナブルを掲げるに留まらない料理表現の可能性
近年、一部の料理人たちの間ではサステナブルな食材を使うことへの関心が高まっており、多くのレストランでサステナブルという要素を何らかの形で取り入れる傾向が見られてきたそう。
しかしその一方で「おいしさや表現の仕方に、これで完成と言えるのかと感じることが、ここ数年増えてきた」と君島さんは話す。
「私は、サステナブルだという言葉を伝えるだけで止まらないでほしいと思っています。食べる人を楽しませる表現として、どんなことができるのか。もっと考えていかなければならないと思うのです」
サステナブルな食材を使うということにとどまらず、料理としての表現を最大限に活かしたものの例として、2019年に台湾と東京で行われた二人のトップシェフによるコラボイベントを挙げた。
「そこで提供された料理のメニューは、経度と緯度、標高(海抜)で表されていました。食材の産地の場所を示す数値が料理名になっていたんです。その数値をGoogle Earthに入力して、どういう土地なのかを見たり、シェフからその料理に込められた意味を聴きながら食べることができる」
それは料理を通して、地球全体を感じ取られる体験と言えるだろう。
「サステナブルな食材を使うのは当たり前。そこからさらに踏み込んで、料理で地形や地質を感じることができる。料理という表現の可能性を感じました」
環境問題の解決には、情感に訴えることが大切ではないか
料理は食べるという体験を通じて、人に働きかけることができる。君島さんが、そんな料理表現の可能性に期待を寄せるのには理由があるという。
「先日、ジビエの取材をした時、猟師さんが『害獣駆除と呼ばれるのが切ない』と話していました。鹿やいのししは、人間が彼らの住処である山を荒らして食べ物がなくなったから、山から降りて畑を荒らしている。
そもそもの原因は、人間がつくったのに、害獣と呼ばれるなんてと。たしかに、不合理な話ですよね。
サステナビリティをはじめとした環境問題は、自然中心の視点で突き詰めていくと、そもそもの原因を生み出した人間が悪い、ともすると人間が存在しない状態が良いということになってしまう。
でも、人間が存在している以上、人を動かして共存する方法を探ることが私達にできることではないかと思うんです」
料理に限らずアートや音楽などの表現は、情感に訴え、人々に物事を自分ごと化して考えさせ、働きかけることができる。
「言葉で情報を伝えるだけでは、人を動かすことは難しい。だからこそ、クリエイティブな表現を通して働きかけている活動をこれからも注目していきたいです」
君島 佐和子
1962年栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業後、株式会社パルコに入社。フリーライターを経て、1995年『料理王国』編集部へ。2002年より編集長を務める。2006年6月、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て、2017年7月から編集主幹に。「The Cuisine Press(Web料理通信)」では、時代に消費されない本質的な「食の知」を目指して様々なコンテンツを届ける。辻静雄食文化賞専門技術者賞の選考委員。日経新聞の日曜朝刊「NIKKEI The STYLE/」に寄稿。デザイン専門誌『AXIS』、マガジンハウス『& Premium』でコラムを連載。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。
取材日/2020年1月