無責任な食材選びが、生産者を苦しめる。
パリ16区で、全24席のレストラン「アストランス」の共同オーナーシェフを務めるパスカル・バルボさん。2000年のオープン直後から圧倒的な独創性で美食家たちを惹きつけてきた、現代フランス料理界を代表する料理人だ。
特に評価が高いのは、その素材遣い。生産者との信頼関係から入手する最上の品を、独特の感性で誠実に扱い、素材本来の風味を最大限引き出しつつ、鮮烈な印象の美味に仕立てる。
「料理人とは、生産者と食べる人を繋ぐ職業」。そう明言するバルボさんに牽引され、フランス料理界には素材中心主義とも言える風潮が起こった。
今やメディアでは、素材の出自や栽培法がレシピや調理技術と同等にクローズアップされ、素材の探求力や生産者とのコネクション力が、一流料理人必須の能力となっている。
そんな中バルボさんが危機感を覚えるのは、料理人の「素材選び」に対する姿勢だ。
「レストランの食材の仕入れは、私たち料理人が担う仕事の中でも特に、重い責任を伴う行為です。その食材の後ろにいる生産者の生活だけではなく、彼らの耕す土地をも左右してしまう」
今のレストラン業界では、素材の品質だけではなく、その珍しさや生産者のスター性でも差別化される。シェフたちは常に価値の高い食材を探し求め、ある品が注目を浴びると、皆がこぞって求めるブームも起こりやすい。バルボさんはそんな風潮に警鐘を鳴らす。
「近年では、柚子などの柑橘類、食用花などがその例です。生産者は料理人の願いに応えるために流行りの品種を作付けしますが、質、量ともに十分に収穫するには、数年の時間がかかります。ところがブームの移ろいは早く、収穫が安定する頃にはニーズが激減している。過剰生産の危機に生産者を晒して、責任は誰が取るのでしょう?」
シェフは安易に食材を求めるのではなく、その行為についてくる責任をもっと自覚するべきだーーそう語るバルボさんは、料理人の仕入れを「社会貢献活動」と考えている。
「ただ自分がレストランで料理するため、というだけではない。仕入れは、流通経済や文化伝承の一端を担っています。例えば私はコンクールで優勝したブレス鶏を必ず発注します。高価ですが、その鶏が売れることで生産者の励みとなり、飼育文化と技術継承の支えになる。パリ近郊の生産者にいい鶏があっても、敢えてブレス鶏を選ぶ理由はそこにあります。地産地消は基本ですが、料理人にとって重要なのは、それだけではない」
「その選択が社会にどんな意味を持つのか。現代の料理人は、そこまで考えて仕入れをするべきと思います」
料理する食材を選ぶのは、生産者たち。
食材の向こうにいる人と土地と社会を思って、仕入れをする。そんなバルボさんの姿勢を象徴的に表すのが納入業者の幅広さだ。その数なんと、120人以上。うち8割以上が創業当時、つまり19年前からの付き合いだという。
「生産者の多くはある食材の専門家で、自然や土を尊重した農法を採用しています。ルバーブだけを100種類以上育てる収集家的な人もいれば、12種類のさくらんぼを時期をずらして納入してくれる農家もある。魚介類は小規模漁船がほとんどですね。彼らは旬を知り尽くし、完璧な成熟度のものだけを届けてくれます」
その一方、小規模生産の常で納入量は安定せず、気候によって入荷日が前後することも多い。旬と自然を尊重する生産者には、レストラン側の都合で納入日や納品量を押し付けることは不可能だ。その条件下でも素材を確保するため、必然的に付き合う生産者の数が増えたわけだが、仕入れを読むのは今も簡単ではないという。
それでも、彼らの食材をレストランで提供したい。そこでバルボさんの選んだ方法が、「おまかせコースのみ」のメニュー構成だ。
従来のように固定のアラカルトメニューがあると、決まった種類の食材を一定量、毎日確保する必要がある。おまかせコースのみであれば、その食材確保の制約は薄くなり、仕入れ次第で柔軟に対応できる。
「その日に使う食材を決める役目を、料理人の僕が担うのではなく、生産者に託したんです。僕の役目は届いた食材からコースを組み立て、最高と思える形に料理し、お客さんに差し出すこと。アストランスは、生産者とお客さんを繋ぐ場所なんです」
旬の食材の生育状況を生産者とこまめに確認し、発注を行う。納品は発注通りにならないことも多いが、受け取ったときにバルボさんがまず感じるのは「喜び」だ。
「私の付き合っている生産者たちは、ベストのものしかくれませんからね。さぁ、この美しい食材をどうお客さんに届けようと、私もベストを考える。最適のキュイソンはどれか?以前外国でこの食材で食べた時の味わいをヒントにするか?同時に入荷した食材と合わせるのはどうだろう?」
アプローチは無限にあるが、最適の答えは、素材によって変わる。そうして思考を尽くし手を尽くし、「これだ!」と言う一皿にできた時、それをお客さんが喜んで食べてくれた時が、最高の幸せだとバルボさんは語る。
<無駄ゼロ>は、当たり前のこと。
その日入荷する食材でコースを考え、提供する。言うは易いが、安定したパフォーマンスを求められるガストロノミーレストランとしては、これもまた至難の技だ。
しかもここは全24席と小さい店で、営業は週4日間だけ。手と配慮の行き届くサイズで、従業員の働き方に配慮しつつ……と、共同経営の支配人クリストフ・ロアさんと決めたスタイルだが、それで経営を維持するには、絶妙のバランスが要求される。「だからアストランスのルールは<無駄ゼロ>なんです」と、バルボさんは強調する。
「食材の買いだめはせず、最高の状態のうちに使い切ります。骨も皮も、すべてです。ガラやアラでジュを取り、切れ端でソースを作る。煮込みや発酵で味を良くしながら保存する。目新しいことはやっていませんよ。そういったエコロジカルな工夫は世界中に昔から、当たり前にあります。私たちは自分のスタイルとしてそれを選び取って、意識的に、徹底的にやっているんです」
バルボさんがそれらの工夫を「自分のスタイル」とする原点には、フランス中部での幼少期がある。農村地帯の実家では庭の果樹を熟したときに食し、台所の野菜クズは飼っている鶏の餌になり、ゴミになる食材はほとんどなかった。毎日が<無駄ゼロ>で回る暮らしで成長した青年は、それと全く異なる高級ガストロノミーの世界で修行を重ねた後、再び自らの意思で<無駄ゼロ>を選んだ。食物と食生活の、あるべき姿として。
そしてバルボさんはそれを、厨房スタッフ全員に教え込む。最高の食材を仕入れ、頭を使い、手を動かし、<無駄ゼロ>で使い切る。アストランスで修行をした料理人には、その後オーナーシェフとして成功する人材が多いが、それはひとえにこの「頭を使って、徹底的にやる」意識の賜物と、バルボさんは考えている。
「成功者にとって、才能なんてほんの一部です。頭と手をどれだけ使うか、どれだけ仕事をするかですから!」
当たり前が特別になってしまう危うさ。
エコロジカルな工夫は昔ながらの知恵であり、当たり前のことと考えるバルボさん。それが忘れられている危機感を、最近、厨房以外でも強く覚えた。
「先日ランジスでこんな宣伝文句を見ました。<土で育てたフランボワーズ>、<収穫前に枝で完熟させたマンゴー>。当たり前のことをなぜこんなに特別扱いするんだと、驚きましたね。こんな世界はおかしいと」
その背景には、食材を生み出す自然や季節へのリスペクトと、「無駄を出さない知恵」が軽視されていることがあると、警鐘を鳴らす。
野菜や果物を、土の上のあるべき姿で成熟させる。余剰が出ないように仕入れ側が気を配り、素材は丸ごと使い切る。それでも余ったら、美味しい間に加工し、保存食にする。
それらの「当たり前」を特別視する現代社会のシステムに改めて疑問を抱き、毎日の暮らしに取り戻す時が来ているのではないか。一人一人が頭を使い、選択をして、自分の行動の意味を自覚しながら。
バルボさんはともに働くスタッフに、生産者に、そして彼の店にやってくる人々に、そのメッセージを料理を通して発信し続けている。
Pascal Barbot
1972年、フランス中部ヴィシー生まれ。料理学校を卒業後、1994年からパリの三ツ星レストラン「アルページュ」シェフ、アラン・パッサール氏の元で研鑽を積む。1998年からオーストラリアでの勤務経験を経て、2000年、メートル・ドテル(レストラン支配人)のクリストフ・ロア氏と共同経営で「アストランス」を独立開業。開業1年を待たずミシュラン一ツ星を獲得する。2007年より12年間ミシュラン三ツ星を維持(現在は二ツ星)。
取材日/2019年5月