外食の楽しみ方が見失われつつある
フレンチから立ち食い蕎麦、割烹や居酒屋まで年間600軒〜700軒外食する「タベアルキスト」マッキー牧元さん。数多くのシェフや生産者を独自の視点で取材をしてきたマッキーさんは、最近の外食文化の変化に対して不安を感じていると言う。
「ロンドンやニューヨーク程ではないのですが、日本の都市部でも価格の高い店が増えています。そのために料理のバランスが崩れているのではないかと思うことがあります」
例えば、日本料理や西洋料理でコース料金に4〜5万円の値段設定をすると高級食材を使わざるを得なくなってしまうことが多い。
「『5万円取るのならキャビアやトリュフを使わなければ』という発想になってしまうのは、料理人の腕ではなく単価をあげるために食材を選んでいるようなものです。高級食材は基本的にあまり手をかけないほうがおいしいので、料理人の手間や技術を堪能する外食の醍醐味が失われてしまいます」
このような状況は、店だけではなくお客さんにも原因があるのではないかとマッキーさんは指摘する。特に危惧しているのが日本料理だ。
「例えば、代表的な日本料理に『うすい豆のお浸し』がありますが、高級割烹でそれが出てきた時に『4万円払ったのに豆の煮物か』とがっかりする人が多いのではないでしょうか。きちんと評価できるお客さんが少なくなっているのかもしれません」
マッキーさんは「究極的には、その日に入った食材から料理人が発想した料理を出せるのが理想」と言う。しかし現実的には難しい。
「僕はネギ一本で唸るような料理を作る料理人が素晴らしいと考えています。しかし値段が上がったことによって、日本料理の本来の良さが見失われつつあるのではないか非常に不安なのです」
大切なのはおいしい料理より、おいしく食べる工夫
マッキーさんは、最近外食に訪れる人達が、「人気店」や「高級食材」などの情報を偏重しがちなことが気掛かりだと話す。本当の意味で食を楽しむためには、お客さんの意識が重要だと考えている。
「僕が常日頃から言っているのは、おいしいものを食べるより、いかにおいしく食べるかが大切ということです」
おいしく食べるためには、2つのポイントがある。
「まず大切なのは、目の前に出された料理をどうやっておいしく食べようか考えることです。熱いうちに食べようとか、これはよく噛んで食べよう、途中で少し味付けを変える場合はどうしたらいいのかなどです」
それを考えずに無意識で食べている人が非常に多いとマッキーさんは言う。
「ラーメンにいきなり胡椒をかけたり、寿司の握りが出されているのに放置したりするのは、料理に対して失礼だと思いますし、食べる自分自身が損をしている。まずはそのまま味わって、そこからどう食べようか考えるのが楽しいわけですから」
マッキーさんの家庭では、料理を出すと2人の娘さん達に「これはどうやって食べるとおいしいの?」と必ず尋ねられるという。
「親がいつも『最初そのまま食べて、それからこう食べるといいよ』と話しているので癖がついているんです(笑)。まずは食べる側が意識を変えなければ、食べることは楽しくなりません」
また、2つ目のポイントとして「共食」の重要性を挙げる。
「他人と食事を共にする動物は人間だけだそうです。食べている時に相手の表情を見て気持ちを読み取る。この共感能力を得て、それが発達したことで、人間はより人間らしく進化しました。食を共にし、喜びを分かち合うことは我々にとって大切なことなんです」
マッキーさんは、SNS上でメンバーを募り何度が食事会を重ねたのにも関わらず、一向にメンバー同士の距離が縮まらないことを不思議に感じたという。
「何度も会食しているのに、全員ハンドルネームで呼び合っているし、お互いの背景を何も知らないんです。会話を交わしながら人と人の距離が縮まっていくことが、会食です。おいしいということに特化しすぎてそれが見えないのは残念です。おいしく食べるためにはもう一度会食の意味を心がけることが大切だと思います」
外食だけではなく、家庭でも「孤食」が社会問題になっている。
「辻調理師専門学校の創設者・辻静雄さんは『料理というのは、会話の媒介だと思うのです。人と人との出会いをつなぐものが、料理なのです。仲のよい気のおけない友人と楽しむのが、料理。おいしければ、なおいい。楽しいな、一緒にいてよかったな、そう思える相手と食事することが、“本当においしい”ということです』と、仰っています。人と一緒に食べることの大切さをもう一度見出してほしいと思います」
食の背景とおいしさを発信していく
マッキーさんは、「日本の食文化をより豊かにして、より多くの人に楽しんでほしい」と考え、食に関する情報の発信を行なっている。その1つが全国の食品を買って応援できるECサイト『GOOD EAT CLUB』だ。
「おいしいものを取り寄せてもらうだけではなく、愛すべき食を未来に残すために、食の背景や生産者さんの実態などを消費者に知ってもらうためのお手伝いをしています」
地方にはおいしい漬物や干物があるが、その生産者は高齢化により減少し続けている。
「そういう地方の伝統食を取り上げて売れるようにしたいと思っています。年数をかけて消費者に発信し続けることで、奈良漬けファン、たくあんファンを増やしたいんです」
また、消費者だけではなく若手バイヤーに対する教育を行なっている。
「おいしい醤油を売りたいのなら、おいしさを理解しなければなりません。例えば醤油にお湯を入れて飲み比べてみるとその違いが歴然と分かります。次のステップでは、そのおいしさを言語化してみます。そうやって若い人を教育するのが楽しくてしょうがないんです」
食文化を未来に残すためにできること
マッキーさんは、日本の食文化を未来に伝えるためには、醤油や味噌、酢、みりんなどの需要を支えていかなければならないと考えている。
「特に家庭での需要が減り続けています。伝統的な調味料の素晴らしさを後世に残すためには、どうやって作られているのか、健康に対する効果など基本的な知識を理解してもらうことが大事だと思います」
マッキーさんは、未来の子ども達の味覚を守るために、子どものための健康的な食品を提供する企業「子どもの食卓」と協力し、子どもにとって最適な調味料の使い方を親に指導するイベントを予定している。
「鋭敏な子どもの味覚には淡い味付けが大切だと、親御さん達に知っていただきたいんです」
精力的に活動するマッキーさんが今最もやりたいことは、日本の食文化を伝えるための番組制作だという。
「Netflixに『美味の起源』という中国広東省の料理の歴史を紹介するドキュメンタリーがあるのですが、すごくおもしろい。ああいった食の伝え方を日本でもしていきたいと考えています」
現在、味噌や醤油の生産者だけでなく、それを作るための木樽を作る職人も減っている。食文化といっても食べ物だけではなく、その周辺でも多くの伝統文化が失われつつあるのだ。
「番組を作ることで、日本人だけではなく海外の人中から伝統文化を継ぎたい人が現れるかもしれません。食文化の未来のために、まだあまり知られていない文化や歴史を世界に発信することが僕の夢のひとつです」
マッキー 牧元
1955年東京生まれ。1994年に『山本益博の東京食べる地図』(昭文社)取材執筆、1995年に「味の手帖」に連載を開始するなど、食に関する様々な執筆活動を行う。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スイーツから居酒屋まで日々飲み食べ歩き、雑誌寄稿、ラジオ、テレビ出演など。著書に『東京 食のお作法』(文芸春秋)、『どんな肉でもうまくする~サカエヤ新保吉伸の秘密~』(生活文化社)などがある。
取材日/2021年7月