本物のおいしさを忘れてはいけない
日本を代表するパティシエ、ショコラティエとして輝かしい受賞歴を持つ垣本さん。フレンチの料理人の顔も持ち、その経験と確かな技術から生まれる独創的で美しいスイーツに多くの人が魅了される。昨年は世界のショコラティエの頂点を決める「ワールドチョコレートマスターズ2018」に2度目の日本代表として参加した垣本さん。世界の最前線で戦いながら、現代の日本の食についても改めて見つめることができたと話す。
「日本は野菜や魚など質の良い天然の食材に恵まれていますし、素晴らしい食文化もありますよね。食材を生かす和食の技も、料理に季節感を醸し出すことも、日本が誇るべき食文化だと思います」
しかし、その食文化は時代の流れとともに薄らいでいるとも感じているのだそうだ。
「今も日本には質の良い食材がありますが、素材そのものの本来の味、“本物のおいしさ”に鈍感になっている人が多いように感じられます」と垣本さん。
「日本の食が便利になったからでしょうね。私たちのまわりには、加工食品やお惣菜など、いつでも手軽に手に入る食べものがあふれています。しかも、それなりにおいしい。コンビニに売っているデザートだって、洋菓子店にも負けないレベルのものもありますから」
しかし、便利であるゆえ、見失ってしまうこともある。
「野菜や果物など食材そのものの本来の味、つまり本物のおいしさを味わう機会が減っているのかなと感じます」
食材を組み合わせてあたらしい味を作る
“本物のおいしさ”を味わってほしいと考えている垣本さんは、一般的には菓子を調理する際に欠かせないとされる香料などの添加物も使わない。
「当たり前のことですが、料理人である前に、僕自身がなるべく自然の食材を中心にした食事をとり、健康であり続けたいと思っています。そして僕の作ったものを食べてくれる人たちもより健康であって欲しいと願っています。自分が納得いく食材で、感動してもらえるあたらしい味を作れたら最高です」
ただ、自然の食材は繊細なものが多い。調理次第で風味を損なうこともある。
「調理すると香りが消えてしまう食材もあります。かといって、その素材らしい香りを出そうとすると香料に頼らざるを得ない。すると、本物のおいしさとは本来的に違うものになってしまう。でも僕は味覚に関して嘘をつきたくないなと思っています」
食材の本来持つ味わいを生かして、感動的なおいしさを作りたい。そう考えた垣本さんが選んだ調理法が、「食材を組み合わせて、味を重ねること」。日々、味わったことのないあたらしい組み合わせはないか考えているという。
「ポイントは食材を2つではなく、3つ以上、組み合わせること。たとえば、グレープフルーツとみょうがの2つの組み合わせは相性がいいんですが、この2つの組み合わせまではなんとなく味の想像がつく。ただ、そこに3つめにチョコレートを加えてみる。この組み合わせは、なかなか想像しづらいうえに意外なおいしさがある。こうやって味を重ねてあたらしいおいしさを作っています」
どんな意外な食材の組み合わせでも、共通項がみつかれば、コーディネートすることができるという。
「一見、意外なみょうがとグレープフルーツとチョコレートの3つの組み合わせ。これらの素材には苦味という共通項があるんです。その苦味が重なりあうことで、違和感なく3つの味の重なりを醸し出せるんです。」
さらに組み合わせる上で大切なのは、バランスを取ること。
「それぞれの食材の割合は大切です。みょうがは入れすぎると青くささが出すぎるので少量に。すると、口に入れた瞬間はグレープフルーツの爽やかさとチョコレートの甘さや苦味が味わえるのですが、口どけ後、最後にみょうがの香りがふわっと鼻から抜けていく感覚が楽しめるのです。バランスよく味と香りが重なりあうことで、あたらしいおいしさへとつながると思うのです」
野菜が未来の食を支える
垣本さんが日本代表として参加した「ワールドチョコレートマスターズ2018」。毎年テーマが掲げられる大会で、今年は、 “フュートロポリス(未来+都市)”だった。未来の都市環境を予測した上で、8つの作品を作ることが求められたのだ。垣本さんは、食糧難から環境破壊までさまざまな問題に思考を巡らせながら、未来の食について考えた。
「そこで、思い浮かんだのは“野菜”を活用することです。今後はますます温暖化が進み天候が悪くなることも予測されます。すると、農作物を育てる土壌は減っていく。野菜は、果実よりも育つのが速く、ビルの中や地下などの環境であっても育てられます。需要と供給のバランスも取れるはずです」
野菜をよりおいしく生かせたら、未来も豊かな食を享受できる――。
そう考えた垣本さんは、野菜やハーブをショコラに組み合わせた作品で高評価を集めた。中でも、米・海苔・抹茶など、日本ならではの食材をホワイトチョコレートと組み合わせた「テマキスナック」は大きな驚きをもって賞賛された。
「あたらしいおいしさは、知っているおいしさよりもすぐに評価が下されないかもしれないという懸念はありましたが、チャレンジしました。斬新な提案でしたが、審査員からあたらしい味への評価の声も多くもらえ自信になりました。何より一緒に戦ったショコラティエからの賞賛を多くもらえたことに勇気をもらいました」
あたらしいおいしさを追求することは、これらからも変わらない自分へのミッションと確信した。
「誰も食べたことはないけれど、みんなに感動を持って伝わるおいしいものを作りたいんです」
世界に挑んで気づいたおいしさの本質「香りや食感の豊かさ」
食材を生かして、あたらしいおいしさを目指したい。その信念が生まれたのは40歳で初めて世界に挑んだ時。パティスリーの世界大会である「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」にチームで参加したことがきっかけだった。
「世界を目指して、先輩たちとともに全身全霊で試行錯誤しました。食材の1つひとつにものすごく集中して向き合って、おいしさとは何かを考え抜いたんです。 その時、おいしさとは単に味のことではない。食材の持つ、香りや食感の豊かさなんだなと気づきました。そして、食材は組み合わせることで、それぞれの香りや食感がより引き立ち、味はつながってより豊かなものになるんですよね」
3年前、自身のレストラン「アッサンブラージュ・カキモト」を京都・寺町にオープン。アッサンブラージュとは、重ね合わせる・組み合わせるという意。垣本さんの料理哲学が託されている。
「これからも、あらゆる食材のおいしさを見極め、その感動的な組み合わせを発見していきたいんです」
垣本 晃宏
京都府宇治市出身。辻製菓専門学校卒業後、京都ロイヤルホテル、神戸菓子Sパトリーのス-シェフなどを経て、2016年「アッサンブラージュ・カキモト」を京都・寺町にオープン。現在は、多くの大手メーカーや有名飲食店のアドバイザーも務める。世界最高峰のショコラティエを決めるコンクール「ワールドチョコレートマスターズ」に日本代表として2度参加。’13 年に続き、’18年も世界4位を獲得した。
取材日/2019年5月