食材を無駄にしないアンティスプレーコの精神を世界に伝える
北イタリアのモデナにある「オステリア・フランチェスカーナ」オーナーシェフ、マッシモ・ボットゥーラさんは現在世界一のシェフだ。ミシュラン・イタリア版三ツ星、グイダ・エスプレッソ誌史上初の満点獲得、ヨーロッパ最優秀シェフ賞、世界ベストレストラン50世界一など、ありとあらゆるタイトルを手中にしているボットゥーラさんは日常のレストラン業務と並行して、料理を通じていかに社会に貢献できるか?をテーマにフードロス問題に取り組んでいる。それは2012年5月に北イタリアを襲った地震により地元エミリア地方を代表するチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノが甚大な被害を受けたことがきっかけだった。同年夏のロンドン五輪会場でボットゥーラさんは割れたパルミジャーノ・レッジャーノを使った料理を披露し、世界中から注目を集める。
「地震のあと、わたしたちは割れたパルミジャーノ・レッジャーノを無駄にせず、世界に訴えかけられるような料理をロンドン五輪でなんとか作れないか、とスタッフ全員で考えました」
ボットゥーラさんが作ったのは、割れたパルミジャーノ・レッジャーノを使ったリゾット「リゾ・カチョ・エ・ペペ」だった。イタリアでは本来パルミジャーノ・レッジャーノの皮の部分も捨てずにスープやリゾットなどに使う習慣がある。これは食材を無駄にしない精神「アンティスプレーコ」が日常生活に根付いているからなのだが、トップシェフであるボットゥーラさんがロンドン五輪を通じてあらためて世界に披露したことで、世界中に広まった。
「わたしたちは、リゾットを通じて奇跡を作り出しました。ロンドン五輪後には被害を受けたパルミジャーノ・レッジャーノを救えという声が世界から届き、復興資金として割れたパルミジャーノ・レッジャーノが36万個も売れたのです」
パルミジャーノ・レッジャーノは厳格な製品検査があることで知られており、地面に落ちて割れたチーズは本来ならば売り物にはできない。そこでボットゥーラさんが中心となって、割れたパルミジャーノ・レッジャーノを「救われたパルミジャーノ=パルミジャーノ・レクペラート」として販売し、復興資金としたのだ。さらに、2015年環境と食をテーマとしたミラノ万博が開かれると、フードロスと貧困に同時に取り組む「レフェットリオ」という活動に取り組み始める。
「ロンドン五輪を機に世界中から招待されるようになりましたが、わたしたちがどれほどフードロスについて考えているのか、については誰もたずねてくれませんでした。そこでミラノ万博を機に料理人同士で連携し「レフェットリオ」をはじめたのです」
固くなったパンを再活用して料理を作り出す
ロンドン五輪でのパルミジャーノチーズを救う取り組みに成功するもフードロス問題を広めるに至っていないと、さらなる活動に取り組んだボットゥーラさん。次に取り組んだのは、地元スーパーマーケットから賞味期限ギリギリの廃棄対象食材を無償で譲り受け、恵まれない人々に無償で料理を提供する食堂「レフェットリオ」だ。ミラノ万博開催期間中にはボットゥーラさんの師匠であるアラン・デュカスさんやフェラン・アドリアさんら、世界的なシェフが多く参加した。
「わたしたち料理人は料理を作るのが仕事ですが、世界の人口の70%の人々は食べることに困っている一方、毎年13億トンもの食品が廃棄されています」
2016年に世界ベストレストラン50で世界一になった際、ボットゥーラさんはなにが一番変わったかと問われると、自分の発言を多くの人が聞いてくれるようになったと答えていた。ボットゥーラさん自らが廃棄対象食材を使って料理することで、多くの人々がフードロスについて考えるようになったのだ。
「わたしたち料理人は、日々厨房で行なっている『アンティスプレーコ』の精神が、より広く社会に浸透するようにしないといけません。ですからわたしたちは「レフェットリオ」では廃棄対象食材を使って料理しているのです。熟しすぎたトマトや冷凍の魚、曲がったズッキーニ、乾いたパンからも素晴らしい料理は作れるのです」
ミラノ万博期間中、廃棄対象食材を使って友人シェフたちと作った料理は一冊のレシピ集となり、発売直後イタリアでは料理部門でベストセラーとなった。そのタイトルは「 Pane è Oro=パンは金なり」つまり固くなったパンでも捨てずに再利用することが大事だ、という意味だ。
イタリアには固くなったパンを使った「パッパ・アル・ポモドーロ」や「リボッリータ」という伝統料理があり、さらにはパン粉にして使う「パッサテッリ」というパスタもある。「アンティスプレーコ」が反映された料理は「クチーナ・ポーヴェラ=質素な料理」と呼ばれイタリア料理の基本なのだ。
「固くなったパンを全てパン粉にして卵、パルミジャーノ・レッジャーノとともに作るパッサテッリはイタリアの大事な食文化です。子供達にパッサテッリとはなにか?なぜ残ったパンを捨ててはいけないのか?と教えるのももちろん大事ですが、わたしたち料理人は現実にも目を向けなければなりません」
自分自身が例を示せば世界は変わる
食の問題について、行動し続けるボットゥーラさん。その想いは食材へリスペクトがあるからだ。
「わたしたち料理人とは、イタリアにおける農業親善大使のようなものです。わたしたちは農家や、漁師、チーズ職人とともに成長して来ました。彼らが作る素晴らしい食材があるからこそ、わたしたちは日々情熱を持って料理を作ることができるのです」
また、現代の料理人は何種類の料理を作れるか、という技術面だけではなく、自分が生まれ育った地域のためになにができるか?地元の将来のために何を作り出せるのか、を常に考えてないといけないという。
「料理の世界ではヌーヴェル・キュジーヌや新スペイン料理など過去に新しい料理革命がいくつもありましたが、現在の料理界における革命とは人間革命だとわたしは思います。わたしたちは、料理人の本質とは覚えているレシピの数だけではないことを証明して来ました」
いまボットゥーラさんの元で学び、働きたいという若い料理人は世界中から集まってくる。そうした若者もひとりひとりが母国に帰ればイタリアの食材や料理の素晴らしさを伝える親善大使となる、とボットゥーラさんはいう。そうした若者たちの働きぶりを見てボットゥーラさん自身も料理や食材に対するリスペクトを再確認している。
「外国から来たまだ20才にもならない若者が、人生を『オステリア・フランチェスカーナ』に捧げる、それはものすごい情熱があるからできるのです。同年代の友達は外で遊んでいるんですよ。それでも彼らは仕事に人生を捧げている。彼らからは料理や食材に対するリスペクトを感じます」
そうした若い料理人一人一人が「アンティスプレーコ」の意識を持って行動すれば、きっと世界は変わるはずだ、とボットゥーラさんは信じている。だからこそボットゥーラさんは地震で壊れたパルミジャーノやスーパーで捨てられる寸前の食材を使って誰もが驚くような料理を作っているのだ。
「わたしたち一人一人は誰もが世界を変えたい、と最初は思います。ならばまずは自分たちの街を変えてみよう。そう思うのはとても素晴らしいことです。他の人たちがわたしたちと同じように考え始めたとしたら世界は変わります。わたしたちは例を示すだけ、行動して見せるだけでいいのです。それがメッセージです」
ボットゥーラさんが生まれ育ったモデナ出身の偉人にエンツォ・フェラーリがいるが、自分の夢について語る時、ボットゥーラさんはこの言葉をいつも引き合いに出す。
「エンツォ・フェラーリはこう言いました『夢見ていれば実現できる』と。そして彼はフェラーリを作った。わたしもこの世界を変えたいという夢を見続けている。わたしはポジティヴな人間ですから、いつかきっと実現させますよ」
Massimo Bottura
1962年モデナ生まれ。「オステリア・フランチェスカーナ」オーナーシェフ。エミリア地方の豊かな食材を使い、独自の調理法で新しいイタリア料理を作り出す。現代アートにも造詣が深く、アートと料理を融合させることでも名高い。2011年ミシュラン三ツ星獲得。2016年、2018年世界ベストレストラン50世界一。他にもグイダ・エスプレッソ誌史上初の20点満点、ガンベロ・ロッソ最高得点、ヨーロッパ最優秀シェフ賞など、考えうる全てのタイトルを独占している現在世界最高のシェフ。
取材日/2019年3月