畑で感動した経験が「当たり前」を壊した

Asia’s 50 Best Restaurantsで2021年にアジア全域で27位にランクインし、2022年度版ミシュランガイドで1ツ星を獲得している東京・広尾のフレンチレストラン「Ode(オード)」。
オーナーシェフの生井祐介さんは、「日本の食材を使ったフレンチ」を届けるために、生産者の顔が見える食材にこだわっている。
「修行時代に師事していたシェフが生産者と積極的に関わる方で、時には生産者から『畑一面に咲いていたから摘んでおいたよ』と、注文していない大根の花が大量に届いたりすることもありました。
その頃の僕は、畑から直送される野菜に対して、虫の掃除が大変だったりして、うれしい反面、『手間が増えて大変だなあ』とネガティブに捉えているところも正直あったんです」
生産者や畑との関わりに対する捉え方が変わったのは、軽井沢でシェフを務めていた時期だった。
「ある時期から、自分のレストランから1、2kmくらいの場所にある生産者さんの畑に毎日通うようになりました。東京ではFAXで必要な分量だけ野菜を注文していましたが、実際に畑を見に行って仕入れを決めたり、生産者さんが忙しい時は自分で摘んで持って帰ることが当たり前になっていきました」
畑では成長過程の野菜を目にすることもあった。
「例えばなったばかりの小さなズッキーニを見て『このサイズだと歯触りはどうかな、加熱が浅くても大丈夫かな』と今までになかった料理を考えるきっかけになりました」
それまでは「ズッキーニはこれくらいの大きさ、トマトはこういう味」と一般的な野菜の規格から想定して料理を考えていたが、固定観念が覆されていったという。
「葉っぱやツルも何かに使えないかと、東京にいた頃は気づかなかった部分に目が向くようになりました。
また、夏野菜や冬野菜の収穫期には注文した以上の大量の野菜をいただくことがありました。そういう野菜を使い切るために、ピクルスにしたり塩を振って乳酸発酵させたりと試行錯誤をしていました」
生井さんは「畑で感動した体験をもとに、自分のオリジナリティーをプラスすることを考えるようになった」と話す。
「もともと季節の野菜をメニューに活かすことはやっていました。そこに地産地消の食材を使った自家製の発酵食品を加えることで、旬に縛られずに野菜を使うことができるようになったんです」
食材を丸ごと味わう魅力を知ってほしい

Odeのようなガストロノミーでは、食材の一番おいしい部分を少量使って一皿を表現することがある。生井さんはその過程で残った部分をおいしく使い切ることに常に努めているという。
「ランチコースや賄い料理に使ったりしますが、それでも使いきれない部分が出ます。そういう端材や形が悪いものを発酵させて加熱し、ソースの出汁にしたり、乾燥機にかけてミキサーでパウダー状にしてカヌレに練り込んだりして使うようにしています」
これらは「サスティナブル」などの言葉がレストラン業界に今ほど浸透していなかった時代から、取り組んでいたことだった。
「料理のおいしさやおもしろさを追求する中で、自然とやってきたことです。それがだんだんと、時代に合致してきたんだと思います」
端材は「余り物」とネガティブに捉えられることがあるが、生井さんは料理人としておいしく食べてもらえる工夫をすることでそのイメージを覆していく。
「フランス料理のベースの出汁に使われる野菜はレシピで種類が決まっています。でもそのルールを一度取り払って端材で出汁を取ってみたらすごくおいしいし、使えるんです。そこから自分の腕前でソースに仕上げていくこともあります。
さらに、それとは別に端材を乾燥させたものを煮出して『サスティー』というお茶にしています。コースで使った野菜の残りで作るのですが、提供するとお客さんが『この味はどの野菜の味だろう?』と、個々の野菜の味を探ってくれたりします。端材という意識がなく、一種のエンターテイメントになっている。野菜も余すことなく食べていただけるのもよいところです」
「そういう切り口でサスティナビリティーが実践できるんだとお客様に知ってもらいたかった」と生井さんは話す。
「コースの最初に、QRコードの入ったカードをお客様にお渡ししています。それを読み込むと、料理に使った野菜の生産者の情報が出てきます。食材の育った場所や、育てた人の顔を知るとイメージが膨らみますよね。
そういうことを知っていただくと食材に対する安心感が生まれますし、普段から無駄なく使い切ろうと思えるのではないでしょうか」
自分のできる範囲で行うSDGs

生井さんは「僕のSDGsに対する意識は皆さんとそんなに変わらないと思う」と話す。
「自分が身を置く環境で何をやればいいのか、どうやったらお客様にもっと料理を楽しんでいただけるのかという両方のバランスを取りながらアプローチしています。
難しく考えず『これなら自分にもできるな』と思えることをストレスなくやれるといいですよね」
生井さんは「若い世代の人は、SDGsを自分の身の丈の問題としてとらえて、行動に移せている人が多いと感じる」と話す。
「若いスタッフを見ていると、自分の身近な問題としてフードロスや持続可能性を考えているんです。僕はそういうことを意識してレストランをやってきたつもりでしたが、逆に彼らに感化されたところもありました」
その大きなきっかけが、日本サステイナブル・レストラン協会への参加だった。
「特に協会のユースチームの学生さん達は、海外の取り組みや今の問題を熱心に調べている人が多いんです。しっかり自分ごととして考え、自分たちにできることを探っている印象です。
うちの若手スタッフも一緒に勉強会をするようになったんですが、分別の仕方やゴミを出さないようにするアイデアをどんどん自発的に出してくれるようになりました」
「スタッフがOdeから巣立った先でも、そういう意識を広めてほしい」と生井さんは言う。
「サスティナビリティについて話す場を自分達で作って、そこで色々な人と話して『うちの店ではこんなことをやっている』とシェアすることがこれからの時代は大切なんだと思います。その取り組みで食材に対する意識もまた変わっていくはずです」
また生井さんも、新たな野菜の可能性を模索している。
「海洋資源や食肉の持続可能性を考えるうえで、野菜を中心にしたお任せコースにシフトしていきたいという思いを持っています。
肉や魚だけではなく、野菜中心のコースでも、食べ応えがあってクリエイティブな一皿は作れる自信があるんです。自分のスタイルとしてそういうことをやっていきたいと思っています」

生井 祐介
1975年、東京都生まれ。音楽の道を志していた最中、25歳で料理の世界に惹かれ転向。都内フランス料理店で働いた後、2003年より「レストランJ」(東京・表参道)、「マサズ」(長野・軽井沢)の植木将仁氏のもとで約5年間修業。その後、同じく軽井沢の「ウルー」で3年間シェフを務めた。2012年11月、東京・八丁堀の「シック・プッテートル」のシェフに就任し、2015年度版ミシュランガイドでは1ツ星を獲得。2017年9月、「Ode」(東京・広尾)をオープン。2019年度版ミシュランガイドで1ツ星を獲得。2020年、Asia’s 50 Best Restaurantsで35位、2021年は27位にランクイン。2022年度版ミシュランガイドも1ツ星を獲得している。
取材日/2022年1月